旅の途中の独り言

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zoom RSS 福岡県西方沖地震

<<   作成日時 : 2005/03/23 00:09   >>

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その時、私は職場にいました。まだ勤務前だったので、社員食堂で1人でお茶していたのです。私の他に女性が1人椅子に座っていました。あとは食堂のおばさま2人です。

今日はお天気がいいなぁ…などとのんびりした雰囲気の中、突然北の方角からかすかにどどどっっという音が近づいてきました。「あれっ?」と思った瞬間に音が大きくなり、揺れが始まり大揺れに変わりました。「きゃぁーっきゃぁーっ」というおばさまの悲鳴が聞こえ、高さ120cm程の台に載せてあった大型TVがスローモーションのように、大音響とともに前へ倒れてしまい木端微塵になりました。

私はというと、「うわぁ…すごい…地震だぁ…」と思いながら、建物の外につながるドアを開けた後、近くのテーブルの下に入り込み、実家などに電話をかけ始めていました。揺れが収まりつつある中だったので、電話はすぐに繋がり無事を確認することができました。仕事場は小売業なので、中にいらしたお客様は駐車場に無事避難されていたようです。店内も商品が多少棚から落ちた程度でした。

勤務前ということもあって、自宅の様子を見に帰ることができました。猫のナビと食器棚が心配でした。玄関を開けて部屋の中を見回しましたが、物がいくつか転げ落ちているだけでした。心配していた食器棚も以前、天井とのわずかな隙間にクーラーバッグなどをクッション代わりに挟んでいたため、中の食器も無事でした。

食器棚を見ながら、私はナビを呼んでいました。猫は呼んでも来ない…とわかってはいるものの、一番いそうな場所を見てみましたが、どこにもいません。いつだったか震度3くらいの地震が起きた時、数分前にいきなりベッドの下にナビが飛び込んで行きました。そして、地震が起きたのです。その時のことを思い出し、ベッドの下を覗くと、案の定ナビがそこにいました。引出しが付いているベッドなのですが、反対側から入って引き出しの中に避難するんですよね。私が顔を見せると、奥から「地震すごかったね」というような顔で出てきました。

家の中の状況もナビの無事もわかり、職場へと戻りました。食堂のTVはいつの間にか小型TVに変わっていました。地震の情報が流れていました。

福岡は今まで台風や地震などの天災に見舞われることが少なく、1890年代に糸島半島(福岡西部)に震度6を記録して以来の大地震だったそうです。’95年に阪神大震災が起きた後に福岡市の防災センターで震度7を体験しました。立っていることもできず、何もすることができないのです。これが寝ている時だったりすると…と考えると、ほんとに何もできない状態だと思います。

実は地震当日の前夜と前々夜、2日続けて体に異変が起きていました。変な表現ですが、心臓が揺れていたのです。最初は、なんで心臓が揺れるのかしら?と思いながらも、あまり気にせず寝てしまいました。次の日も同じことが起きたので、妙な気配(胸騒ぎのような)を感じ、相方を起こそうかと思いましたが、やめて寝てしまいました。

当日の朝、心臓が揺れていたことは忘れていました。そして、地震。…あぁ…これだったんだ…と思いました。何故だかわからないけれど、海夢も実は近々福岡で地震が起きそうな気がしていたのだそうです。ノーマーク地帯だった福岡の地震、これで日本のどこで起きてもおかしくないことが立証された…とTVで言ってました。

防災グッズも品切れ状態のようですが、本当に地震はいつどこでどんな状況で起きるか分かりません。今まで被災地のことを聞いても、どこか他人事のような感覚は否めませんでしたが、今回の体験で身が引き締まる想いがしました。咄嗟の時の自分の様子もよく分かりました。まだ余震の可能性があったり、建物の崩壊の恐れがあるということで予断を許さない状況です。

家具を固定したり、窓ガラスにシートを貼ったり、非常持ち出し袋を用意しておくことは必要なことかも知れません。何もない時に準備しておけば、いざと言う時に必ず役に立つでしょう。あと電話が繋がらなくなりますので、携帯などの災害伝言板を活用することを決めていたりするとよいと思います。

何事もなくお風呂に入れたりする普通の生活は、本当にありがたいことなんだなぁ…とつくづく感じさせられた体験でした。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
沙季さん、さすがです!
わー!揺れてる〜〜、と叫んでる間におさまってました。
かなり長い時間に感じていたのに、壁をおさえて倒れないようにするのがやっとで、ドアを開ける?ガスの元栓?テーブルの下?そんなこと頭にも浮かびませんでした(笑)。棚の上のものが雪崩落ちてきましたが、ガラス類が何も割れていなかったのは奇跡的かも。
ナビちゃんも無事で何より、うちのニャンコ達に地震の前兆は何もなかった・・と思います。かなり直前までくつろいでいたはず。
もちろん飼い主の私なんて、前兆も感じないし、事の重大さを把握していなくて直後に天神へ行くとガラスの破片と建物から出された人たちでごった返した様子に これは大変なことになっているぞ、とやっと気づく始末です。
新聞やニュースを見ると 避難されている方もたくさんいて 不自由な生活をされているようで早くもとの生活に戻れるように願っています。
本当に 普通の生活ってありがたいですね。
まゆさん
2005/03/24 00:15
いやいや…瞬間の出来事は、考える余裕がないことがよく分かりました。体が勝手に動いたような感じです。防災センターの体験実験の時、最初にこうしてああして…と教わるのですが、実際に大きな揺れが始まると立っていることもできませんでした。実験だと分かっていても、テーブルの下にもぐるのがやっとだったのです。この実験に比べると今回は動ける余裕があったのでしょうか…。
昨日も揺れてましたが、家にいるとビルの4Fなので揺れが大きく感じられます。余震がまだ続きそうなので、できる備えはやっておこうと思います。
沙季
2005/03/25 12:57

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